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僕とシルク Part4

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新しい画像はもうありませんので、これからは懐かし特集!Part3はコチラ

次々と去っていった仲間の後を追うようにして、私も初期ギルドを去りましたのが時をして2008年秋ごろ。
私が次に移り住んだギルドは黄河の方なら見覚えがあるかもしれません、このトップ画像のギルド紋章!(勝手に拝借しました)
愛と(・∀・)合掌、でお馴染みのギルドマスターがいらっしゃいましたね。

当時の私の状況は和田デビューしてソロ狩りメインの乱狩りをたまに。スペチケ、自動、時計と課金を始めだしたのもこの時期。
知槍だった私は狂雷を覚えたことにより、ソロまとめ狩りのほうが効率がよくなっていました。
ギルドに入った経緯は当時ソロの狩場でよく顔を合わせていたフレに紹介してもらったような・・・記憶があります。

大きなギルドにいるとたまに養殖してくれるよ!くらいのノリだったような気がします。
商ハギルドで同盟ギルドが確か4つ。結構な大所帯だったと思います。
カンストが同盟内でも1名だけでしたので、当時職戦ではそこまで大きな存在感はなかったかもしれません。

実際加入してみると以前のギルドとは比べ物にならないくらいの人、人、人。
チャットの流れも早く、同盟チャット権限は全然足りない状態。ギルチャで同盟チャット貸して~なんて言ってたのも懐かしいですね。
ギルドの方々は優しい方ばかりでした。
私に指南してくれたり、ドロップした装備をくれたり、野良バフかけに来てくれたり。
後に私がマントで倒したい人No.1になるお師匠さんに至っては、月印8級槍(当時は超貴重品!)を貸してくれたりと色んな面でいたれりつくせりでした。
この月印武器のおかげで当時のバトルフラッグでやったらめったらワンキルしていたのも良い思い出です。

優しい方々ばかりでした。
ぜんぜん知らないEUのことを夜遅くまで教えてくれたり、ユニーク狩りを手伝ってもらったり。
この頃シルクのシステムを教えてもらったおかげでだいぶシルクのことが分かった気がします。

何度も言いますがとても優しい方々ばかりでした。
入ったばかりであまり馴染めない私に気を使って声をかけてくれる方もいらっしゃいました。
スキル振り、マス振りの相談も乗ってくれました。
PTGに殺されている時にマッハでワープで駆けつけてくれた弓さんとかカッコいいなあ!とか思って見てました。

そんな優しい方々に囲まれた温かいステキなステキな時間の中で、私はどんどん悪を育てていきました。

Part3で書いたとおり私はおもいっきり賊になろう!と決めていたので実は加入してまもなく賊に転身していました。
どう考えてもこのギルドにいるべきではなかったのですが、バレなきゃ大丈夫じゃな~い?という感覚でこそーっと潜んでいたわけです。月に数回の定例交易は私のログアウトタイムとなりました。
このことを知っていたのは当時のギルド、同盟の方々の中でも一握りでした。

当時を知らない方々に説明すると、これは三項全盛期において一番やっちゃいか~ん!ことの1つでした。
今でももちろんやっちゃいかんのかもしれませんが、なんと言えばいいのか、とりあえずそれをやると貴様は人に非ず的な結構な温度感で非難されてしかるべきものでありました。

ここからは私の主観ではありますが人によっては敵対職に対して尋常ではないくらいの敵意を持っている人々もおり、特に賊には2タイプあり、
①低レベや状況を見て襲わなかったり荷を残す紳士でライトでスマートな賊
②「よっわwwwwwwww」などの煽りをかました挙句、一切の手心無く蹂躙の限りを尽くす賊
が存在し、どちらもヒールとして必要不可欠な存在ではありますが特に後者は商ハからすると極悪非道で人類の敵!並のある意味このゲームのラスボス、いや出来ればリアルに一発殴りたい、くらいのストレスの権化であったのです。

そんな賊に対しての印象ですから、私が例え8級程度の弱っちい賊であれ、賊という時点で同じギルドにいることはもう虫唾が走るどころの騒ぎではないわけです。
これに関してはゲームなんだから割り切ればいいじゃん!とかいう問題ではなく、当時の三項の熱を支えている一因だったとも思っていますので私はそういう”ぶっ飛ばしたいくらい憎みあう”ところもシルクが好きな理由の1つでした。

長くなりましたが、簡単にまとめるとようは私は「優しくしてくれた商ハギルドに賊で潜んだ挙句、遂に定例交易を襲い始める」というタブーもタブー、ユダもびっくりの裏切り事件を起こします。

キッカケは私が定例交易のことを忘れてINしたときのことでした。
私は当時弱っちい賊でしたが、夜中に多星をこっそりやってる弱っちい商ハを探してたまに襲っておりました。
前日に職服を着たままログアウトしていたので、ログインしたときにちょうどサマルカンドから大所帯の交易隊が出て行くが見えました。
ササッと追いかけると私はそれがすぐに自分のギルドの定例交易だとハッキリと気づきました。

そしてハッキリと気づいた上で、”まあこれはたまたまログインして見つけてしまったから賊としては襲うのが筋だろう”というどーーーー考えてもやっちゃいけない一手を選択します。はい、悪いのは全く持って私でございました。

私は時を見計らい街から充分に離れたところでササッと襲いに行きます。
ただ当然私一人では全く相手になりません。相手(身内のギルド)はカンスト間近のメンバーが多数。
サクッとやられて終わりかな、くらいで思っていたところに当時そこそこ名が通っていた職名”冷血魔族”という賊がふらふらしているのを見つけました。
どうでもいいことですが彼とはこの時の1件のみしか一緒にプレイしていませんが、数年後わけのわからないエミュ鯖で再会するという奇跡が起きます。

私は彼をPTに誘い一緒に襲いにいくことになりました。彼の友人もさらに合流してなかなかの賊PTが出来上がりました。
準備万端でいざ強襲。そこいら中で阿鼻叫喚の騒ぎになりながらバッタバッタとなぎ倒されていく大名行列。
私はほぼ活躍出来ませんでしたが、その激しい戦闘を見て「おおー!この感じ!」と思っていたことを覚えています。
はい、完全に確信犯で性格悪いのは私です。

結果としては全てを制圧し、荷を賊村へ。報酬をわけあって解散。

こりゃやっちゃったな~と思いながら、おそるおそるギルチャに戻すと・・・・。
詳細は書けないくらいに大炎上しておりました!
まあそりゃそうだ。8級月槍+5を振り回してる知槍でしかもキョンシーキャラで浮いてる!なんて当時他にいませんから、察しの良い方はすぐに気付くわな!というわけです。

それはそれはもう物凄い言葉を浴びせられながら私はギルドを抜けることになりました。まあ当たり前ですね。
このとき喰らった一番記憶に残っている言葉は「あんた、リアルでも友達無くすかんね!」でした。
まあこれも事情があって、「もう二度と襲わないでよ!近寄らないで!」と言われて、私が「いや、ギルドも抜けるので正々堂々襲います^^」と返して火に油した経緯がありますが。

というわけでこれがPart3で書いた大事件になります。

散々な内容ではありましたが、私は憎まれるくらいでもいいかな!くらいに割りきってましたので以降11級引退間際まで賊でい続ける契機になりました。むしろ商ハに戻るのはずるいなと。

後日談ですが、その後このとき色々と揉めた方々とも話をしたりすることもありました。笑い話になった方もいますし、以降二度と口を聞くこともなく見た瞬間速攻でぶっ殺すみたいな関係になった人もいました。どちらも今は良い思い出です!(勝手だけど)

そうしてソロになった私は自分でギルドを立ち上げる決意をします。
最初から賊ギルドとして10級じゃなくても賊でやることをコンセプトとして作ることに。
このブログの名前でもある「因果鉄道の夜」ギルドの誕生に。

次回はその中で出会った懐かしいメンバーの回想も交えて書こうと思います。
それでは次回Part5で!


クソ長いけど読んでくれた人、ありがとうございました(笑)
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さよう~なら、また会う日まで

SRO[2016-03-04 23-47-20]_07

休止なのやら、さよならなのやら。

何度もフェニックスのように蘇ってきたシルクライフですが、今回でとりあえずもうガッツリ戻ることは無くなりそうです。
巷でウワサの15級というMJDKYEXUPD(マジで空気読めないエクストリームアップデート)の発表がある前、2月くらいからプライベートもあってなかなかIN出来なくなってしまいました。

と、同時にレベリングがどうしてもつらくなってしまいましたのでした。いつものあるあるパターンですね!!

11級神殿で引退→ちらほら復帰しては引退→14級で本格復帰とやってきましたが、シルク自体は今でも好きなゲームです。
初めてやったMMOがシルクでヨカッタナーと思ってます。10年続くMMOを選べた奇跡!
オンゲにハマるってのは悪い側面のほうが大きいのかもしれませんが、まあ楽しい経験も出来たしいいかなと。

ってことでまた気が向いたら僕とシルクシリーズを最後まで書こうと思っています。誰も見てないだろうけど!

シルクはいよいよ15級で終焉でしょうか。
収益上の問題なんでしょうが、縮小均衡もここまで来るとね。一人当たりの単価上げすぎぃだよっ!
PCMMO自体が下火の昨今ですが、シルクのアイデアは大好きだったのでいついつの日かスマホになったり、シルクⅡになったり、はたまた今のシルクが超变化してくれたら戻ってくるかもしれません。

というか、やっぱり9~10級時代の3項並のドギマギがやりたいんですね。
いまさら当時のシステムに戻っただけだとアレですけど。
エミュ鯖いけばやれますが、それはそれで結構めんどくさいしなあ・・。


ということで一旦シルクとはさよう~なら!です。SSは私のフォルダに最後に入っていたものをあげました。
最近はめっきりグラブルにハマっています。
ここまでハマるとは思っていませんでしたが、楽しくなってしまいました。

気が向いたらここをグラブログに・・・・ならないかな。でぶおでも誘うかあ!

それではまたいつか。ばよなら~。

2016年

SRO[2016-01-09 02-23-41]_79

さあ、2016年もやっていきましょう、シルクロード!

随分ブログご無沙汰でした。
まあ書いても誰が読むのっ!っていうところなんで2ヶ月くらい書かないのがデフォでしょう。

1件前のファンフィクションコンテストは銀賞を頂きました!
その後自力で銀カード引き当てて換金致しました。数名おもしろかったよ!とササくれた方、誰かわかりませんけどありが~とう!
撮影協力してくれた某キンパルパンキ的な名前の人もありが~とう。

2015年を振り返ってトピックス的には

・でぶお110を超えるの巻
・意外とギルドに人が入ったの巻
・なんとか1年で122+14レジェ揃ったよの巻
・そもそもシルクに復帰しちゃったの巻


といったところでしょうか。

SRO[2015-12-12 00-44-44]_92

1番目のでぶおくんは110になってしかも、無駄に14レジェ+12を自力で作ってしまいました。
彼は全く持ってPvPはもちろんのこと、狩りすらまともにやらない生粋のシルクでぶなので何のために錬金したのかわかりません。
なにゆえ彼に+12成功の奇跡が起こったのかもわかりません。
シルクで一番盛り上がらない人が+12を成功させてしまった、と言っても過言ではないでしょう。誰やねん!というツッコミには、ただのでぶです、としか返しようがありません。
盛り上がったのは私とスネークだけでしょう。
その後ノリで私の武器も+12になった(他力)ので、良しとしますがっ!!

SRO[2015-12-02 23-19-53]_53

2番目は復帰CP時に集まったメンバーがまだ残ってくれてます。
みんな120付近に近づいてきていて良い感じになりました。松竹芸能という完全にナメた名前のギルドですが存続できてます!
弱小極まりないギルドですが、みんなでぼちぼち狩りしたりとアットホームです。
鯖最強のスネークさんのネームバリューのおかげかもしれません!息を吐くように嘘つくのは私の悪いクセです。
大体私がギルド作ると嫌われたりするんですが、まあそれもシルクのあるある、醍醐味なのかもしれません。
こんな少ない人数でどんなゲームやねんっ!!
特にヒール気取ってるギルドではないとおもうんですが、まあ山あり谷ありそれはそれでいいでしょう!

3番目はまああれですね。お友達さんのおかげですね!ありが~とう。130までまだまだあるんで、出来る限りお友達さんには付き合ってもらおうと思います!箱頼むわ!

4番目はそういうことよりも、いつまでシルク続くの?というところかなと。
今更こんな10年も経ったMMOやらんだろうと。スマホに対応しても流行らんわな。
ただもう新しいMMOに移住するのも面倒なのでこのまま続けそうです。単純なクリックゲーですが、楽しいです。
グダグダよわよわで職戦いくのもいいよね。意味目的全くないけどね!交易帰って来い!!
後ついでに元黄河時代のフレや嶺上開花メンバーも帰って来い!すぐレベル上がるから~^ー^

スマホで言うと最近グラブってます。楽しい。
SSRキャラはナルメアちゃんしかいませんが楽しい。ハマりそう。

時代は変わっていきますが、シルク11周年は迎えられるのか!?

マイペースで今年もやっていこうと思います。
それでは次回は僕とシルクの続編で。
ばよなら~。

僕とシルク Part3

SRO[2015-11-18 23-08-39]_05

懐かしい黄河メンバーを見かけたので、久々に更新。Part2はこちら


時はいまだ2008年。

私は順調に敦煌デビューを果たし、「火薬土鬼クエの裏ワザで3回分ゲットマジこれヤバイ!」とか言いながらレベリングに勤しんでいたのでした。

当時はまだまだ右も左も分からず、そして”無料ゲームで課金するなんていうのはありえない”という真っ当な感覚が残っていたので、当然自動回復、スペチケ、スキチケなんて入れてませんでした。

ナスルンなんてものはまだまだ後の時代。

中華はまとめ狩りでソロをやるほうが効率が良かったりしたんですが、当時はマズいとも思わず”ぶんぶん狩り””乱狩り”を敦煌の形天や花でやっていました。

お金もなかったので帰還書使ったり馬に乗ったりするだけで”ぜいたく!”なんて言っていたのを思い出します。


そんな日々の中、だんだんとギルド外のお友達も増えてきていたのでした。

そうして迎えた初めてのユニークイベント。

ドラゴンライダーなる巨悪を退治して経験値をウマウマしよう!というイベントにそのお友達と参加することになりました。

ユニークイベントでドラゴンライダーが出没するのは5ヶ所。

当時はその5ヶ所が適正Lvで埋まってなお6PT目が出るほどでした。”△”や”三叉路”などの待ち合い場所でPTMを出していたのが懐かしいですね。


イベントの中身は今と変わりません。変わるのはやはり”早く倒して次のライダーにおじゃましよう!”と適正Lv帯で盛り上がっていたことでしょうか。

活況があったように思います。

ただ中華もEUも別け隔てなく、誰もがそこら辺で拾ったような武器を使い、どんな構成だと効率が良いなんて度外視でした。

探り探りでプレイしている人が多かったんですね。もちろんサブさんもいましたが、今ほど洗練された動かし方ではなかった。

イベント期間中に様々な人と出会い、お話するのも楽しかった。嫌なひとも、良いひともいましたが、楽しみにしていました。


ただ少しずつそういう関係値がいろんな人と出来上がるにつれ、人の欲は出てくるもので、「差」が気になってくる頃になっていました。

まずギルメンのほとんどがEUに鞍替えし、ユニイベには目もくれずEUPTなるものですごい勢いでレベルが上がっていくこと。

ユニイベで出会う一部の人達がチケットなるもので、経験値が2倍になっていること。

徐々にそういったことに気がついてきたとき、このくらいからシルクにハマり始めたんだと思います。
やっぱり自分のキャラを育てたい、早くレベルをあげたいと思い始めますから、だんだんと自分も急がねばと考えるようになっていました。


EUに鞍替えしたギルメンはギルドから去って行きました。適正レベル帯が集まりやすいギルドへと移っていきました。

一方私はEUには興味が無かったので、ユニイベで知り合ったレベリングの早い友達の助言通りに、気づけばゴールドタイムチケットを入れていたのでした。

この辺りで徐々に乱狩りチームは解散。知中華の代名詞である狂雷も手に入れたことで、ソロまとめ狩りのスタイルへ徐々に遊び方が変わっていったのでした。


そうしてイベントが終わりに近づいた頃にはレベル40になっていました。当時は50Lvユニークがいなかったので、ユニイベは1つの区切りを迎えていました。

そうして私は時を同じくして1つの決心をします。

それは最初のギルドを去ることでした。

シルクを初めて見たときからずっと賊をやってみたいと思っていたんですが、所属ギルドは商ハギルドでした。

あの当時、やはりシルクにおいての最重要要素は三項でした。商ハギルドに賊がいることはダメ、という雰囲気があったような気がします。

職のことに加え、続々と離れていくギルメンを見て、私も変化を!と思っていたんですね。

決定づけたのは初めて交易で襲われたとき。

黄河出身の分かる人には分かる、「‰」という職仮名の賊に襲われました。当時の賊の中でも有名な方。ギラギラの日剣がまぶしかったですね。

そこでヘルプを出した私達のところへ一目散で駆けつけてくれた「カナリヤ」というハンター。

1vs1でカンスト同士の激しい戦いが始まったのですが、結果は賊の‰の勝ち。私たちはしっかり荷物を奪われとことこ帰っていくことになりました。

元々の思いもあり、やっぱり賊をやってみようと思いました。奪っていく嫌われ役のほうが性にあっているなと感じたんですね。

賊は基本的に低レベでは何もすることが出来ないのでオススメはされなかったのですが。

低レベのひよっこ賊がいてもいいじゃない!やられやすい悪役も必要でしょ!という謎の需要を考えて賊へ転向しました。

結果として96Lvを超えるくらいまではほんと散々な目に会うんですが・・・。


かくして私はソロ狩りに邁進しつつ、職を賊へ変え、人で溢れる和田へと駒を進めることになりました。

次に加入したギルドは最初のギルドとは違い、同盟も存在する中規模ギルドだったのでした。

私はそこで8級くらいまで過ごすことになります。1つの事件を起こすまでは・・・。


~ 続く ~



僕とシルク Part2

SRO[2015-07-24 21-42-55]_91

寝つけ無さそうなので思ひで話Part2。Part1はこちら。


時は2008年頃。

意気揚々とシルクに乗り込んだ私はキョンシーキャラの中華さんでシルクを始めました。

シャードは黄河。理由は一番上にあったから。当時は全部で6シャードでした。

とりあえず初めてのMMOということだったので説明も読まずにキャラは「コレだろう!」と直感で決めました。

理由は浮いてたから。冗談じゃなくマジで「毒の沼はノーダメとかでしょ?」というレビテト感に期待を馳せて選んだのでした。

後になってキャラ毎に違いがないことを知り、むしろ「歩く」コマンドで歩けない感を奪われ、天使悪魔アバターで「やっと浮いた」爽快感を剥奪されていたことを知ったときは膝から崩れ落ちるほどのガッカリでありました。

始まりの街「長安」には今ではお目にかかれませんがあの当時でもギリギリ露店があったりしました。

NPC商店には2次、3次装備が無かったのでわりと取引も盛んだったんですねえ。

PTMも賑わっていた?とは思いませんが、やっぱりそこそこ人はいました。

とりあえず今ほど親切なナビも無く、何だったらポットの支給も無いまま、初期装備で藁人形をしばく。

「おお、なんか意外とアクション豊富!」と思ったものでした。今では全くそういうことを感じませんが。。。

そうしてMAPを開くと、、、とても広い!


当時の私の頭の中は

「このまま長安で私は商人になって、少しづつ行商をしながら果てのコンスを目指すのだ。彼の地に着くのはいつになろうか。。。」

と勝手な妄想で文字通りのシルクロード感を期待していたのでした。

行き交う人々と物々の売り買いなどをして儲けたり貴重品を手に入れたりするんだろうな・・・と期待でワクワク状態でした。


しかし程なくして”クエスト”という存在を知ります。

クエストをくれる人々は様々でしたがいつまで経っても”おい、お前水鬼しばいてこいよ”とかを言うばかりで、待てど暮らせど長安から開放してくれそうにありません。

「はよう、旅立て、勇者よ!とか言ってくんねえかなあ・・・」とか思ってたとき、うろうろしていた私に初めてささやきを飛ばしてくれた人が現れました。

キンキラキン(日印)の9級曲刀+盾姿は・・・・ちょっとかっこよかった。

かくして程なく初めての「ギルド」というものに加入するのでありました。


そうしてそのままお決まりのようにちょろっとだけ「養殖」なるものをしてもらいながら、「養殖ってなんか身も蓋もない言い方!」とか思いながら少しだけレベルが上がって自己バフかけられることが嬉しかったり。

その誘ってくれたマスターさんが「じゃあちょっと観光しようか!」とこれもお決まりのように次元ツアーへ。

「おおおおお、いろいろな、街ぃぃぃぃぃぃ!」と感動したのもつかの間。

気がつけば彼の地のコンスにご到着。

「あれ?こんなにはよぅ着いてしまうの?私のシルクロード」と思ったりしつつも。

思いの外に早く全容を知ってしまった気がしてちょっぴり拍子抜けでしたが、人で賑わう和田に早く自力でたどり着きたい!と思ったものでした。


そのギルドではレベル40手前までお世話になりました。

文字通り手取り足取りシルクのことを教えてもらいました。

黄河時代にほぼ全員見かけなくなってしまいましたが、やたらと一人称を「私」にしてな~~~んとなく性別を隠す風にしながらのチャットデビューなど楽しませてもらいました。最初はなんかむず痒かったんですね、チャットも。

だんだん仲が良くなって深夜まで話すようになったりして、楽しかった気がします。ネトゲのいいところ?なのかな。

皆さん気の良い方だったんですが、1人だけ超絶にイヤミマンがいたのも良い思い出です。


かくして私は「目指せ!和田!」を胸に秘めながら、初めての「ユニークイベント」を迎えるのでありました。


~ 続く ~
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